糸魚川ロングブログ

爆速ツイッター話題脊髄反射拳

今、ゲームの分岐点

幸運にも(?)、中学・高校と共学の学校に通うことができた。

 

僕はスポーツやテレビ(お笑い)とは極北のオタク野郎だったので、中学の頃の同級生の男子たちとの会話のネタはもっぱらゲームの話。ゲームの話ができるならガリ勉ともヤンキー(シンナー吸ってない人に限る)とも話せる、ゲームって本当に偉大ですね。

 

ただ、当時の福岡というのは「ゲームは中学生で卒業するもんだよな」ぐらいのムードがある場所でもあった。地理的な要因というよりは時代的な要因だと思う。ちょうど、僕らが高校生になった時に現世の支配者『携帯電話』が普及したからだ。高校生は、部活と(携帯電話を使った)恋に煮えたぎっていたのだ。

 

高校の入学祝いで携帯電話を買ってもらった同級生は多かった。入学時で所持率は5割ぐらいだったと思う。部活に入った時、3年生の先輩たちの方が所持率が低かったのを覚えている。その携帯電話所持率は高1が終わる頃には8割程度にまで登っていただろう。

「あんなもん、毎月高いし、いらん」「おお、同士よ!」と言っていた多くの男女高校生が、コロリと購入を明かす場面に僕は何度も立ち会ってきた。僕は高校を卒業するまで持っていなかったラスト・ワンにしてちょっと痛いやつ。見ろ、面構えが違う。

 

携帯を手にした高校生男女は、気になる異性のメールアドレスを聞き出すのに必死で、「〇〇は大してかわいくないだろ~」「〇〇はちょっとな~」なんて昼休みは言っておきながら、放課後には密かにその相手に熱っぽいメールを送りまくって抜け駆けしまくる、本気の遊びが流行ったのだ。

メールは受信する側が料金を負担する。そしてパケット定額制がまだ無い時代だったので、大変モテる我が幼なじみは、男子共からメールを送りつけられるだけでとんでもない月額を請求され、ご両親に怒られるという、自然発生した「モテ税」に苦しめられていた。

彼女は「何人も何人も、無視しても毎日きもいメール送りつけてきおって、さっさと告ってこいやーッ! 告ってこんと振れんのじゃー! 金払いたくないんじゃー!」と強烈なことを僕にこぼしていた。振られたことの方がずっと多い僕からすると、もうスーパーサイヤ人の超絶バトルである。

 

今ではちょっと想像がつきにくいかもしれないが「携帯電話があり、SNSが無かった」という、2002年~2005年ぐらいのエアポケットのような3年間が僕の高校時代の青春だ。もしその時にSNSがあったなら、今のようにゲーム文化も併存していたのだと思うけど。とにかく、そういう「携帯電話があり、SNSが無かった」地方の高校生活においては、ゲームは話題の主流からは大きく遠ざかった。mixiというSNSが生まれ(というか画像表示に数分もかからないブロードバンド回線が生まれ)、さらにニンテンドーDSが出てゲームの裾野が大きく広がるのは、僕が大学に入ってからだ。

 

恐ろしく長い前置きになったが、つまり僕は高校時代、同世代の男子と会話のネタがとことん無かった。ワールドカップが急に日本で話題になったが、サッカーはわからん。テレビをつけない人間なのでお笑いもわからん。ゲームの話題をすればガキ扱い、携帯電話は持ってない……卵が先か鶏が先か、僕も高校の頃は部活(美術部)漬けで、最もゲームをしなかった3年間だろう。中古で買ったドリキャスサクラ大戦3ぐらいしかやってない。(兄貴が大学の下宿にゲーム機を全部持っていったのもでかい)

 

何が言いたいかと言うと、そんな僕でも話せる相手がいた。それは男子では先輩や後輩であり、さらに年齢関係なく女子であった。同質性を確かめあう友情から離れて、異質性に驚きあう友情なら成立したのだ。そんなわけで、けっこう女子の友達はいた。

たぶん高校3年間では、男子と会話した回数よりも女子と話した回数の方がかなり多い。が、その中でもとんとゲームの話は出てこなかった。美術部という、いかにもオタクチックな傾向がはびこりそうな部活に拠点をおいていてなお、である。

 

しかし。

思い返すと、高校までだけで考えても色々な違和感がある。

 

小学生の頃、僕はポケモンカードで「カイリュー」を引き当てた。うおあおおおおおカイリュー、キングオブポケモン(異論は認める)! 帝王…帝王のカードや…! とテンションをあげるも、その進化前の必須カード「ハクリュウ」を持っておらず使えなかった僕に、ハクリュウを交換してくれたのは誰か? それはクラスの静かな女子であるKさんだった。ハクリュウは1進化目でありながらレアカードという凄いカードで(しかも大抵の状況で進化先であるカイリューよりも強い。カイリューいらない説)、当時の僕の地域では幻のカードだったのだ。

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「……ハクリュウ、ほしいの? あるよ。キュウコンとなら交換してあげる」

「え……お兄さんか弟さんのカード? それは悪いよ……」

「いや。わたしのだから。いいよ」

 

これが、一つ目の違和感。

 

次は、中3の頃だが、とあるギャルっぽい女子Uが

 

「フィギュア……ぐるぐるぐる……フィギュア……」

 

と、机に沈みながら赤い長方形のタイルをダイヤのように立ててくるくる回していたのを見た時だ。

(何やってんだ……)

と僕はそれを眺めていたものの

「フィギュア……バシューン。ゲット」

とUが赤いタルを倒した時に、全身に電流がかけめぐった。

「そ、そ、そ、それ、もしかして、スーファミのミスティックアーク!?」

「えーーー!? わかるーーー!?」

 

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スーファミのミスティックアークと言えば野心的な雰囲気RPGの傑作オブ傑作なのだが、自分の身内以外ではプレイしていた人を全く見たことがない。当時すでに出て6、7年が経過しているゲームだ。当時の僕の認識としてはドラクエ5をクリアした女子ですら大変珍しかったのに、ミスティックアークとは。ミスティックアークをプレイしており、しかも6、7年経ってなお思い返す女子はいたのだ。これが、二つ目の違和感。

 

次は高校1年の頃だ。

モテる我が幼なじみとは別に、クラスで非常にかわいいと噂になっている女子Hさんがいた。男子だけでなく女子からの人気もあるカリスマ的なキャラだった。ギャルとかオタクとかカテゴライズできない子で、あえて言うなら不思議ちゃん。ポップな絵がくそうまい。というか、HさんはHさんという名前でジャンルが成立しそうな素敵な宇宙を持っていた。国語の詩歌のレポート発表で、与謝野晶子」を貼り付けてサインペンで髪型を魔改造したレポートを出し、女の先生から本気で吊るし上げられていたのを覚えている。レポートの内容自体は非常に良かった。Hさんは怒られているときに泣くでも笑うでもなく「?」とキョトンとしていた。

 

僕はそんな裏表のないはずのカリスマ、Hさんの「闇取引」の現場に遭遇してしまったのだ。

 

朝、まだ教室にほとんど人がいない頃、

Hさんは教室の隅で、友人のKさんにあるものを渡していた。

 

エリーのアトリエ』だった。

 

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僕は教室の左端一番奥という最高の席だったので、Hさんの鞄からチラリと出てKさんに手渡されたそれを見てしまったのだった。もちろんプレイしていたから、そのパッケージが何であるか一瞬でわかった。

(Hさんが……エリーのアトリエ……!? あの、全然ギャルゲーではないのに大人たちからはギャルゲーと勘違いされがちな購入に若干リスクのあるゲーム……しかも、エリー、エリーか!? マリーでなく、エリー……!? 一作目のマリーは非常に簡単で誰でも面白いが、二作目のエリーはなぜか難易度が跳ね上がっていて、大抵の人はベストエンドに行かず投げるようなゲーム……良さに辿り着く前にノーマルエンドで『そこそこのゲームだったな』となりがちなエリー……! エリーを人に勧めるほど楽しめるとしたら……Hさんは間違いなくゲーマーだ!)

モンスターファームモンスターファーム2になって難易度が10倍ぐらいになったことに似て、アトリエシリーズも一作目のマリーから二作目のエリーになった時に難易度が跳ね上がったのだ。だが、その難易度をクリアできる人なら、マリーよりもエリーの方が『沼』にハマりやすい、生粋のゲーマーリトマス紙と言えるゲームだろう。

HさんとKさんは僕の視線に気づき、二人は(見られた!)という顔をした。

 

僕は目があったHさんに

「……エリー。エリー、いいよね」

「……!」

「マリーより、めっちゃむずいよね」

「……うん。糸魚川くんも?」

「めっちゃ好き。金、2個作った」

「あれ、驚くよね」

(究めすぎて賢者の石を超える最高難度の生成物『金』を2個作ると、『富豪にはなったが、錬金術師としての初志や他の大切なものを失った』孤独バッドエンドになるのだ。最高ランクのエンドを目指すなら、図鑑を埋めるために1個は作らないといけないのだけど)

 

しかし、会話はそれだけだった。

なんというか、彼女がクラスの男女の不思議なカリスマであるために、「エリーのアトリエをやり尽くすほどのハイクラスゲーマー」という属性はタブーな気がしたからだ。というか、こそこそ朝に貸し借りしている時点で、HさんとKさんにはタブーという自覚があるのだろう。僕とてHさんに嫌われたくは無かったから、話はそこで打ち切った。そして、彼女が朝にエリーのアトリエを取引していた事実は、高校を卒業するまで誰にも言わなかった。これが、三つ目の違和感。

 

フェルミ推定』という考え方がある。

数の分布状況から、別の数のだいたいの「アタリ」をつける推定方法らしいのだけど(日本には何台の自販機があるか、みたいなのを身近な範囲の数値から考えて近似値を叩き出したりする)そのフェルミ推定をメジャーにしたフェルミさんからすると「絶対に、宇宙のどこかには宇宙人がいる」ことになるらしい。

そのフェルミさんのお言葉らしいのが

 

「みんな、どこにいるのだろう?」

 

……っていうのはハルチカシリーズの『惑星カロン』で知った。

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余談だけどこの本が↑アニメ化するとこう↓なる。アニメファンが実写化のたびにガヤガヤしてるのを、小説沼の亡霊たちは静かに見守っている。見ろ、面構えが違う。

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話を元に戻すと、

「みんな、どこにいるのだろう」の「みんな」というのは、宇宙人のことだ。

フェルミさん的には)この宇宙の中に必ずいるはずなのだ。

だが、全然出会えない。

みんな、今、どこで生きているのだろう?

 

その後SNSが現在まで続く隆盛となり、同好の趣味人たちでコミュニティが形成されるようになった。

僕もゲームファンのフォロワーさんたちと仲良くしていただいているが、昔のゲームをぽんぽこ語れる女性フォロワーさんたちはとても多い。私より詳しい人、ザラ。その、女性陣たちが当然にエニックススクウェアの作品、他社の作品を語れている様相を見て、僕は思わざるを得ないのだ。

「女の子でゲーム好きな人は、どこにいるのだろう?」の答えは

「すぐ側にも、いたのだろう。だけど、みんな隠していたのだろう」ということを。

漫画研究部とかイラスト研究部とかに所属していない女子でも、普通に幼少期からゲームファンだった人たち。当時は一人っ子がレアなぐらいだったので、兄や弟がいれば一緒に遊んでいるうちにハマることだって今以上に自然だろう。もちろん、インベーダー~ドラクエⅢ世代を上がったお父さんたちが娘にゲームを斡旋していても何の不思議もない。そもそも僕が10歳の頃には、ポケットモンスター赤緑が出て、その一年後にはアニメ化によって男女を問わないブームとなっている。漫画やアニメや小説とは別軸として、人生にゲームが寄り添っていた女性は多いはずなのだ。

だが、様々な理由で名乗りを上げられなかったのだろう。

 

話が前後するが、中学2年生の時にはクラスでドラゴンクエスト7が流行っていた。

僕は進めるのが早い方だったので「糸魚川~~~次の石版どこ~~~」と男子たちから頼られていた。そのときに「お兄ちゃんが進むの詰まってて聞いて欲しいって頼まれたんだけど……」と、僕に次の石版の在処を尋ねてくる女子がいた。

あれはもしかしたら、困っていたのはお兄ちゃんじゃなくて……

 

すごく間を端折ると、SNSの登場によって、様々なタブーの内情が暴かれた。

SNS以前の「しっかりした大人」とは、漫画を買って読むことすら隠すべき趣味であったぐらいだ。「うちのお兄ちゃん、大人になってもジャンプ買ってるし……」が褒め言葉の逆の意味として使われていたのは普通だった。今もネット世界が見えていない人の多い地域では、そういう目でのレッテル貼りはあるだろう。

逆に、

「うちの親父、毎週初年マガジン買ってるんだよね。自分が読むために」

「ええ~!! 自腹で買わなくていいの!? いいなぁ~!!」

という会話も、僕の青春からすると普通だった。

中学の頃、クラスのお嬢様的な女子が「哲也~雀聖と呼ばれた男~」「無頼伝 涯」の話に入って来た時は大いに驚いたものだ。

お兄さんが買ってるのか?と聞くと「うちのお父さん漫画好きで、マガジン買ってるから」とさらに驚きの返事。彼女のお父さんは一部上場企業のお偉いさん、ザ・厳格という話だったから。事実は、厳格ではありつつ漫画ファンという、漫画やテレビドラマで描かれる「一部上場企業のお偉いさん」の像とはあまりに違っていた。なお彼女は、弟が買っているというあずまんが大王も読んでいて「オタクとか萌えとか関係なくあれは面白いやん」と、こっそり僕に語ってきたこともある。「やん」は博多弁でもよく使う。

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↑話してみると、このトークを十全にこなすお嬢様の真実。

 

SNSによって、女性もゲームが大好きなこと、大人のおっさんも漫画が大好きなことは、もはや驚くべきことではなくなった。

そのような属性を趣味として紹介したときに、レッテル貼りから「うえ~」って引かれることは少なくなったと言えるだろう。ゲームや漫画の地位が向上したとも言えるし、ゲーム好きな女性や漫画好きなおっさんの地位が向上したとも言える。

 

しかしSNSの登場で全てが寛容の方向に向かったわけではない。

むしろ逆に、SNS文化と融合したせいで、「趣味」についてかつては無かった形の嫌な思いをすることも登場してきた……

その「嫌な思い」を個人や業界がどう位置づけるか、どう処理するか。

ゲーム文化は今、未来数十年を決める岐路に立っているんじゃないか……

あ、ゲームとeスポーツ絡みの話です。

というのが、今回の記事シリーズの趣旨。

 

ここまでが本当の前置きだ……

これ、序文や。巻頭言や。(教本や参考書の巻頭言読むの大好き夫)

私はあと三回変身を残している……

 

つづくゥ!!!